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ユービキタス・コンピューティングを実現するためにはいくつかの技術的なアプローチが考えられますが、まずたいせつなのはモーバイル・コンピューティング(モーバイルは「動く」「移動する」の意味です)といわれる分野の技術だと思います。
あたりまえのことですが、生身の人間は、根本的に固定されてはいません。
地理的にも移動するし、組織のなかでの所属も変わる。
しかしながら、いままでのテクノロジーでは、そのようなダイナミックな動きをする人間にあわせたコミュニケーションの環境というものをあまり考えてこなかったのです。
いろいろな通信技術も、コンピュータ‥ネットワークの技術も、固定的で静的な状況を前提として設計されていることが多いのです。
たとえば、コンピュータは固定されて置かれているものだとか、その所属は半永久的なものだとかいう前提のもとに多くの技術がつくられています。
しかし、実際にはコンピュータは買い替えられるかもしれないし、ネットワークの接続形態も変わるかもしれない。
もし「世界のインターネットの図」という地図であらわそうとしたら、その地図はいつも変化しインターネットの重要課題としているものになるはずです。
すなわちインターネットは完全に動的にいつも変わっているようなものなのです。
そこでモーバイル・コンピューティングの技術は、このような動的な環境に対応する新しい解決を見出そうとしているわけです。
具体的にはまず、携帯用の情報機器がある点からある点へ移動したときに、それでも同一の情報機器だと識別される必要があります。
コンピュータ‥ネットワークにおける情報機器というのは基本的には人間の存在を抽象化しているものですから、同じ人間が持って移動している以上、ネットワーク側から見たとき常に同じものとして認識されている必要があるわけです。
二章で簡単にふれた「インターネット・アドレス」は、属しているネットワークに基づくつけ方をもっているために、コンピュータが移動するときには工夫が必要なのです。
この間題は「モーバイル・プロトコル」という技術で解決されつつありますが、今後ネットワークの環境が広がっていくために不可欠で重要なポイントです。
回線料金の問題もうひとつ、今後のインターネットの発展を考えていく上で避けて通れないことが、その基盤の問題です。
基盤の問題というのは、簡単にいえば回線の問題です。
いまはインターネットを使うための回線がたいへん高価で、これがユービキタス・インターネットワーキングの大きな障害になっていることはよく知られています。
たとえば、私が勤めている慶応義塾大学の藤沢キャンパスで、各学生の家庭が全部インターネットでつながっているようにしたいと思って、どのくらいの回線料が必要なのか試算してみた結果をご紹介しましょう。
われわれがいま学生に買わせているコンピュータの能力と、大学でのコンピュータ環境との連続性から見て、だいたい―・五メガbpS(ビット・パー・セカンド。
毎秒何ビットのデータが送信できるかという単位)程度の回線がすべての学生の家庭につながっていることが必要だと考え、この―・五メガの回線を各学生の家庭(約四〇〇〇戸)に専用線として設置していくということを前提にしたところ、現行の料金体系では、―カ月に約二七億円かかるという結果が出ました。
もちろんこんな金額は、大学の教育の枠組みのなかで支払える金額ではありません。
しかし、―・五メガbpSという回線を自分たちでひいたらどうなるか、と純粋に技術的に考えてみると―通信事業者以外が回線をひくことは法律で禁止されていますので実際にインターネットの重要課題は不可能です―これは同軸ケーブル(有線放送やCATVの回線と同じケーブル)が―本、各家庭に入っているくらいのことで実現できる程度なのです。
実際に、有線放送やCATVは月額数千円程度のサービスとして、ビジネスとして成立しているわけですから、本来のコストからすればこういった水準が可能なはずです。
現にアメリカではいま一〇メガbpSの能力をもつCATVの回線を利用したインターネット・サービスが月額三五ドル(三五〇〇円)で提供されています。
それなのに、どうして毎月二七億円などという数字が出るのかと言えば、端的には現行の回線使用料金の体系に問題があるからです。
わが国ではいまは、あらゆる通信回線が、電話の音声だったら何回線分に相当するのかという計算によって、比例的に料金を決めているからなのです。
この通信料金システムの見直しは、たぶん日本のなかでの将来のデジタル・インフラストラクチャーを考える上での急務でしょう。
世界の趨勢から見ても急激に変化していかざるをえないことは間違いないのですが、デジタル・インフラストラクチャーが普遍的に広がるためには料金システムをどのように変えていけばよいのかということを考えていく必要があると思います。
セキュリティの課題インターネットについて、技術的にいちばん危惧されるテーマはセキュリティ、安全、プライバシーというようなものでしょう。
しかしながらこの間題は多少誤解されて伝わっている点があります。
そもそも、セキュリティや安全、そしてプライバシーの問題が、デジタル・コミュニケーションのなかでどのようにとらえられるべきかということは、次の三つのレベルで考えていく必要があると思います。
一つめは、技術の問題。
二つめは、それを運用して使っていく仕組みの問題。
そして三つめは、それを使う人間たちの振舞いの問題。
この三つのレベルを正しく分けて考える必要があるのです。
このように分けて考えたとき、「インターネットはセキュリティはあまり考えられておらず、セキュリティは弱いんだ」ということを強調する人がいますが、それは間違いです。
インターネットの重要課題確かにインターネットでは、基本的にセキュリティの仕組みは動いていません。
しかしそれはインターネットがそもそも、情報の公開、共有を進め、情報や知識を社会資源として役立てていこうという目的意識から出発しているという、インターネットの本質から見ればむしろ、当然のことでした。
実際、初期にはセキュリティやプライバシーに対する強い要求があったわけではありません。
インターネットに、秘密を守るような技術が組み込まれていないのはあたりまえで、むしろ秘密をつくらないために使われて.いたのです。
それがいま、インターネットが社会のなかで、もっと広い守備範囲を与えられようとしたときに、セキュリティという新しい技術の要求が生まれたというわけなのです。
そしていま、その要求に応える技術開発は順調に進んでいる。
というより、はっきり言って、先ほどのひとつめのレベル、すなわち技術の問題というのは、もう完成されていると言ってよいと思います。
その代表例を少しくわしく説明してみましょう。
公開カギ暗号の仕組みインターネット上でのセキュリティをめぐる技術の一つとして、公開カギ暗号のメカニズムが開発されています。
この仕組みのいちばんのポイントは、パッケージ(秘密にしたい情報)を閉じるカギ(暗号化するプログラム)と、開くカギ(暗号化を解除するプログラム)が違うということです。
普通の暗号というのは、閉じるときと開くときと同じカギを使うので、あるパッケージにカギをかけたら、カギも相手に渡すか、あるいは相手も同じカギをもっていなければなりません。

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